お金を生活を何とか切り離すことはできないのか?

現在の社会では人間として生きていくためにはお金が必要不可欠なものとなっています。

お金がなければ生きていくことはできないというのは少し間違っている

生きるためにお金を稼がなければいけないという考え方は間違ってはいません。しかし、それが正しいと言い切れるかというとそれも少し違う気もします。

ここに1000円があります。何か食べるものが必要となった時(食べたいと思った時)、皆さんはこの1000円で何を食べたいと思いますか?

外食する

今はいろいろな飲食店が存在します。松屋で牛丼を食べることもできますし、ガストでハンバーグを食べることもできますし、サイゼリヤでピザを食べることだってできます。

1000円ではちょっと高い飲食店などには行くことはできませんが、普通の飲食店なら十分に足りるでしょう。

スーパーやコンビニで何かを買う

外食は高いからスーパーで買い物を済ませるという人もいるでしょう。安いものではもやしや素うどんという選択肢もあります。また、ほしいと思った時間が深夜帯だった場合は24時間営業のコンビニで調達するという状況も考えられると思います。

1000円あればいろいろ食べれるわけだが

ここまで1000円で食べれそうなものを挙げてみました。しかし、ここで一つ考えなければいけないことがあります。

1000円札は食べれない

外食をするにしても、近くに飲食店がなければご飯を食べることはできません。スーパーで何かを買おうにも、やはり近くにスーパーがなければ食料を手に入れることはできません。

手元にある1000円は食べ物が買えなければただの紙切れです。1000円札を食べてもそれはただの紙を食べているのと変わりません。

それが1億円だったとしても

そして、上のような状態におかれている場合、たとえ手元に1000円ではなく1億円という大金を持っていたとしても、やはり紙が増えただけの使えないものと化してしまいます。

ここで言いたいのは、「お金自体はたとえ1000円だろうが1億円だろうがそれ自体には何の価値もない」ということなのです。お金が価値を持つのはそれが引き換えできる・・・つまり買い物ができる(利用できる)状況になってからなのです。

現代ではもはや家に居ながら普通にネットで買い物もできてしまう時代なので「お金の価値がない状態」というものはほぼ生まれない状態にあるといえますが、それでもこういった状態が生まれるシーンはたまに出てきます。

たとえば急に雨が降ってきて「雨をしのぎながら目的地に向かいたい」と思ったときに必要となるものは傘になるでしょう。手元には十分お金がありますが、傘を持っていなければすぐにでも傘を売ってそうなコンビニなどを探すと思います。

都会だとすぐに見つかるかもしれませんが、田舎だとなかなかコンビニを見つけられずに結果ずぶぬれになってしまう・・・なんてこともあるかもしれません。

お金自体に価値はない。価値があるのはその先

当然ですが、手元のお金はこうなると何の役にも立ちません。そして、このことは深く考えなくてもみんなわかっていると考えられます。というのも、「無人島に何を持っていく?」という質問をされたときに回答はばらけると思いますが、まず「お金」と答える人はいないでしょう。無人島ではお金で物を売ってくれる人はいないのです。

現代社会では食料はお金を渡すことでしか手に入れられない

現代社会では通常食料を手に入れようとする場合、お金が必要となります。そうなると、今度はお金を手に入れるためにどうすればよいかという考えになるでしょう。

その時に大体の人は「働いて稼ぐ」という答えが出てくると思います。それ以外の方法を知っている人もいると思いますが、実際にそちらでお金を手に入れている人は少数派です。

食料が絶対に必要ならば

人間が生きていくためには食料が絶対に必要となります。そうなると、それを手に入れるためのお金というものも「絶対に必要なもの」となります。

そして、お金を得る方法が「働いて稼ぐ」というものしかない場合、働くことは自由ではなく事実上強制となるのではないでしょうか?

強制されたら

誰でも強制されるとやる気をなくすものです。「~したい」という自由な気持ちは自分をそのまま出せるのでストレスを感じることはあまりありません。しかし、自分の意志とは関係なしに何かを強制されてすることはたいていそのやる気というものは低いものです。

そう考えると、働くことも事実上強制されているわけですから「働きたくない」と思うのは徴兵制の国で徴兵されるのが嫌と思う気持ちと変わらないのではないでしょうか?

働きたくないと思っても、そうしないと生きていけないのでいやいや働いている・・・会社でやる気のない社員が出てこない方がむしろ不思議だと思います。

また、極端な話働くことが自分の命と直結してしまっているため、本来対等な関係のはずの労働者と使用者の間は対等ではなくなり、お金に困っている労働者はだんだんと追い込まれていくことになります。そして、悲しいことに追い込まれている人間は利用したいと考えている人からすればいいカモになるのです。

ベーシックインカムがあると働くことと生活が切り離される可能性が生まれる

しかし、もしもここで最低限の生活を送るためのお金が保障されたらどうでしょうか?
ベーシックインカムは働かなくてもお金がもらえる制度という感じで書いたりもしていますが、これは言い換えれば「お金と生活」と「お金と働くこと」を切り離すことができるのではないでしょうか?

こうなれば、もはや働くことは完全に自由となります。働くことをせずに自分がやりたいことをすることができます。誰かの役に立ちたいと考える人はボランティアに参加することも容易となります。

さらにお金がほしいのであれば今までと変わらず働いてお金を稼ぐことも可能です。入った会社がブラック企業だったらさくっとやめる勇気も出てきます。どうせ働かなくても生活はできるのですから。

もちろん、ベーシックインカム制度は多くの課題点も指摘されており、導入したからと言ってこんな感じで物事がうまく進むとは限りませんが、それでも今の社会問題の一部を解決する方法としてベーシックインカムは有効なのではないかと思われます。

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